大ゴッホ展

〜阪神淡路大震災30年〜
昨年の夏から
期間内に行こうと思っていた「大ゴッホ展」
2026年2月までやっているからと安心して
結局ギリギリにあわてるんやろなぁ…
という予測は、見事に大ハマり😅
もちろん予約や前売りも
まったく段取りしていなかったので
当日の長蛇の列に並ぶことに。

少しの抵抗で平日を選んだから
まだこれだけで済んだのかも、と
前向きに思ってみる。
中に入るまでにも何段階か並び
やっと入館できたと思ったら
メインである
「夜のカフェテラス」を
最前列で見たい人たちの列が
またできていた。
他の絵画の前にも人だかり。
一つ一つをじっくり鑑賞するには
ほど遠い状況でした。
昔から思っていたのだけれど
ゴッホの絵って、なんと言うか…。
悲しみや苦しみ、苦悩、混乱。
そういったものが
油絵の重なる絵の具に
分厚く塗り重ねられているような気がして
どこか気が重くなる。
随分前に
ゴッホの生涯を描いた映画を観たことがあって
「あぁ…やっぱりそうなんだなぁ」と
確認してしまった記憶もある。
だから今回のように、
混雑の中で“遠目に拝見する”くらいが
私には逆に良かったのかもしれない。
そんな重い感覚が
幾層にも塗り重ねられている絵なのに
なぜこんなにも人を惹きつけるのか。
なぜ、こんなに並んでまで
見たいと思うのか。
自分自身も含め
不思議な感覚になりました。
博物館の中を歩きながら、
「昔の絵描きは、死んでから評価される」
という言葉が
ふわ〜っと浮かんできたのです。
絵の具を買うお金が十分にあって
環境が整った中で描いていたら
きっと、こういう作品は生まれなかっただろうし。
そもそも
あれほど辛い状況の中にありながら
描くことをやめなかった。
むしろ、描きたかった。
魂の奥底から出てくるもの。
突き動かされる衝動。
本当にやりたいこと。
そんなキーワードを受け取って
博物館を後にしました。
帰り道
いつもご挨拶に行く神社が近かったので
立ち寄ってみると
ちょうどご祈祷のために開かれていて。
なんだか
とても嬉しい気持ちになりました。



